大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(ネ)3400号 判決

控訴人

鈴木良一

右訴訟代理人弁護士

上柳敏郎

被控訴人

ユニバーサル証券株式会社

右代表者代表取締役

唐澤秀治

右訴訟代理人弁護士

浦田武知

米里秀也

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決のうち、控訴人が被控訴人に対し、三九八万八八七五円及びこれに対する平成五年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める請求を棄却した部分を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、三九八万八八七五円及びこれに対する平成五年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  事案の概要

一  事案の概要

本件は、控訴人が被控訴人に委託して行ったところの、

①  株式会社大林組の株式の売買

②  株式会社熊谷組の株式の信用取引

③  新日本製鐡株式会社のワラント(第二回・単価二二ポイント)二五ワラント(以下「本件ワラント」という。)の購入

④  いすゞ自動車株式会社の株式の売買

⑤  旭硝子株式会社の株式の信用取引

に関し、控訴人が、被控訴人の債務不履行、又は証券取引法に違反する不法行為により合計一三九三万五二九三円の損害を被ったとして、被控訴人に対し、右金員及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成五年一月二二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

原判決が控訴人の請求を全部棄却したので、控訴人が右③の本件ワラントの購入によって被った損害の賠償として、被控訴人に対し、三九八万八八七五円及びこれに対する平成五年一月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める請求についてのみ控訴をした。以下、右控訴部分について判断する。

二  前提となる事実

1  控訴人は、大正六年三月一九日に生まれ、中学校を卒業し、一時兵役についたほかは農業に従事していたが、昭和四五年頃、農業を長男に譲った(原審における控訴人本人、弁論の全趣旨。控訴人が農業に従事していたことは当事者間に争いがない。)。

2  被控訴人は、有価証券の売買等の媒介、取次、代理等を目的とする株式会社である(当事者間に争いがない。)。

3  控訴人は、被控訴人(当時の商号・東光証券株式会社)の鹿沼支店との間で、昭和四六年頃から、株式売買の委託取引を、昭和五五年頃からは右委託取引のほか信用取引を行っていた。

被控訴人鹿沼支店では、平成元年七月一一日、従業員の訴外坪井良三(以下「坪井」という。)が控訴人の担当者になった(原審における控訴人本人、弁論の全趣旨。控訴人と被控訴人鹿沼支店との間で取引があったこと、坪井が被控訴人鹿沼支店の従業員であり控訴人の担当者であったことは当事者間に争いがない。)。

4  控訴人は、平成元年一二月七日、坪井の勧誘により、本件ワラントを代金三九八万八八七五円で購入した(以下「本件取引」という。本件取引については当事者間に争いがない。)。

5  控訴人は、株価が期待どおりの価格まで上昇しなかったので本件ワラントの権利行使をすることができないまま、権利行使の最終日である平成五年二月一六日を経過したため、本件ワラントが無価値となり、右売買代金額相当の損害を被った(甲一九、乙一二、原審・当審における控訴人本人)。

三  当事者の主張と争点

1  本件取引は適合性原則に違反するか

(一) 控訴人

(1) 証券会社は、顧客を勧誘して投資を行わせる際、顧客を調査し、顧客の保護のために設けた取引開始基準に従い、顧客の属性、資産状態、投資資金の性格、投資の目的及び趣旨、投資経験の有無並びに投資内容等に照らして投資家に最も適合した投資勧誘をすべき義務、すなわち、適合性原則に従うべき義務を負っている。

(2) ワラントは、購入したワラントの銘柄の株価がワラントの権利行使価額とワラント購入コストを加算した額を上回れば現在の株価よりも安いコストで株式を取得し、大きな利益を得ることができる妙味があるが、逆に株価がワラントの権利行使価額を上回らないときは、権利行使をする意味がなく、そのまま権利行使期間を経過した場合には、権利行使の余地がないまま権利が失効してしまい、ワラントが無価値となってしまう危険を有するものであり、株価の変動により損害を被る危険が非常に大きい商品である。したがって、ワラント取引は、自ら独自に情報を収集する能力及び危険を負担することができる資金力を有する者のみが適合性を有し、一般投資家は類型的に適合性を有しないものである。

(3) 坪井は、控訴人が取引開始基準で取引を禁止されている高齢者であること、控訴人の投資資金が老後の生活資金であること、控訴人に投資経験がそれほどなく、特にワラント取引は初めてであったこと、控訴人の投資が高収益を狙うものではなく老後資金の安定的運用を目的とするものであることを知りながら、控訴人に対し、投資経験等に適合しない本件ワラントの購入を勧誘して適合性原則に違反し、控訴人に損害を負わせた。

(二) 被控訴人

控訴人は、相当な資産家であり、被控訴人とは昭和四六年以来取引があり、昭和五五年八月からは信用取引をも開始するなど有価証券投資の経験は長く豊富であり、証券投資の専門の新聞を講読し、株価のグラフをつけるなどし、坪井に対しても「こちらの銘柄の方が良いのではないか」と自らの意見を述べるなどしていた有価証券投資のベテランであり、有価証券投資について十分な判断力を有している。したがって、本件取引について適合性原則に違反する点はない。

2  本件取引に際し坪井に説明義務違反が存したか

(一) 控訴人

(1) 証券会社は、ワラント取引を行うに際し、顧客に説明書を交付し、又は顧客から確認書を徴求するなどしてワラントの内容・性質、ワラント取引が証券会社との間の相対取引であることなどの取引の仕組み・方法、価格に関する情報の収集方法、ワラント取引の持つ危険性等を顧客に説明し、右事項について顧客に正確な認識・理解を得させることが必要である。

(2) 坪井は、本件取引に際し、控訴人に対し、「期間が長いので信用取引よりも有利だ」、「(価格変動の)上下の幅が荒い」旨のワラント取引が信用取引よりも有利であると受け取られる説明をしただけで、本件取引の勧誘に当たって説明書を交付しなかったのみならず、ワラントの商品構造、危険性、ワラント取引が証券会社と顧客との間の相対取引であること及び具体的な権利行使期間等を十分説明せず、逆に後記3のような断定的判断を提供して本件ワラントの購入を勧誘し、控訴人に損害を負わせた。

(二) 被控訴人

(1) 証券会社は、投資家の注文に基づき売買注文の執行をする立場にあるにすぎず、投資家に対し、投資商品の内容について説明すべき義務は負っていない。投資対象商品について調査をすべき注意義務は基本的に投資家自身にある。仮に、証券会社に説明義務があるとしても、説明義務の内容は、個々の投資家の投資経験、知識、判断能力などに応じて異なる個別的、相対的なものである。

被控訴人は、平成元年四月一九日に証券業協会の理事会決議により説明書の交付及び確認書の徴求が定められたことから、同年六月以降自主的に説明書の交付及び確認書の徴求をしていた。また、ワラントの売買価格は、平成元年五月一日以降一般に発表されており、日本経済新聞にも毎回掲載されていて、顧客が価格についての情報を収集することは容易であった。

(2) 坪井は、控訴人に対し、「ワラントは信用取引と同じようにハイリスク・ハイリターンであり、株価が一割上下すると三〜四割値が上下する」と説明し、かつ、ワラントの内容・性質を解説しているパンフレットを交付している。控訴人は、右1(二)のとおり有価証券投資のベテランであるところ、右パンフレットの内容を確認し、自己の判断と責任においてワラント投資を行う旨の確認書に署名押印し、担当者に交付しているのであって、控訴人はワラントの内容等を十分理解していたというべきであり、本件取引に当たって被控訴人に説明義務違反はなかった。

3  本件取引に際し坪井が断定的判断を提供したか

(一) 控訴人

証券会社は、証券取引を行うに際し、顧客に対し断定的判断を提供して取引の勧誘をすることを禁じられているところ、坪井は、本件取引に際し、控訴人に対し、「今買ったら利益が得られる。私は会社にいて値動きを十分把握できる。全責任を持つ。」などと述べて断定的判断を提供して本件ワラントの購入を勧誘し、控訴人に損害を負わせた。

(二) 被控訴人

坪井は、右2(二)のごとく説明したものであり、控訴人に対し、断定的判断を提供したことはない。

第三  当裁判所の判断

一  本件取引は適合性原則に違反するか(争点1)

1  控訴人は、大正六年三月一九日生まれで、中学校を卒業した後、一時兵役についたほかは農業に従事していた者であり、平成元年一二月の本件取引当時、七〇歳を超える高齢者であったが、他方、控訴人は、被控訴人の鹿沼支店との間で、昭和四六年頃から、株式売買の委託取引を、昭和五五年頃からは右委託取引のほか信用取引を行っており、その回数も相当多数に上っていたこと、父親が株式の取引をしていた関係で、既に昭和三〇年頃から日本経済新聞を講読して株式取引の記事に目を通すなどしていたのみならず、被控訴人が発行するリポートの交付を受けてこれを検討し、証券会社が主催する講演会に出席し、或いは株価の動きについて自らグラフを作成するなどして株式取引、信用取引等について研究をしていたこと、控訴人の取引の中で控訴人自身が銘柄等を指定して取引する割合が半分位を占めていたばかりか、坪井の推奨銘柄を断って他の銘柄の取引をしたことが一度ならずあり、株式取引、信用取引について相当の経験と知識を有していた者であること、及び日本経済新聞の記事等を通じてワラントについての知識をも有していたことに加えて、控訴人が、本件取引当時、被控訴人に対し、株式投資の資金として四、五〇〇〇万円を預けていたこと、以上の各事実が認められ(乙一、二、二一の一ないし八及び一二ないし一五、原審証人坪井、原審及び当審における控訴人、弁論の全趣旨)、これらの事実をあわせ考えると、本件取引が適合性の原則に反するものであったと認めることはできない。

2  控訴人は、本件取引当時、控訴人が七〇歳を超える高齢者であったことを問題にするが、本件取引当時、被控訴人において定める取引開始基準中に高齢者に対する勧誘を禁止する旨の規定があったとは認められないし(甲一、乙一八、原審証人坪井)、右認定の株式取引、信用取引についての控訴人の経験と知識を考慮すると、単に、控訴人が本件取引当時七〇歳を超える高齢者であったことの一事をもって、本件取引が適合性の原則に反するものということはできない。また、控訴人は、本件取引まで控訴人がワラント取引をしたことがなかったことを指摘するが、控訴人は、後記二のとおり、坪井からワラント取引の仕組みなどについて必要な説明を受けていたと認められること、及び控訴人は株式取引、信用取引について相当の経験と知識を有していたことを考慮すると、本件取引以前に控訴人がワラント取引の経験がなかったことをもって、本件取引が適合性の原則に反するということもできない。

二  本件取引に際し坪井に説明義務違反が存したか(争点2)

1  坪井は、本件取引に際し、控訴人に対し、「ワラントは期限付の商品であり、権利行使期間が終了したときにその価値を失うという性格をもつ証券です。」、「ワラントを買い付けた後、発行会社の株価が予想どおりに上昇せず、行使価格を上回らないときには、新株引受権を行使して利益を得る機会を失うことになりますので、注意が必要です。」、「売買取引は証券会社と顧客との相対取引で行われます。したがって、証券会社によって、価格に多少の差が出る場合があります。」など、ワラント取引の有する危険性、ワラント取引の仕組みが記載された「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」を交付し、その閲読を勧めた上、「株が一割下がるとワラント自体は三割も下がる。逆に株が一割上がっただけで(ワラント自体は)三割も上がる。非常に値動きは荒い。」旨口頭で説明し、権利行使期間が平成五年二月一六日であることについても、「信用取引の場合は決済まで半年しかないがワラントの行使期限はもっと長いんですよ」などと言って口頭で説明をしたこと、控訴人は、右取引説明書を閲読し、その末尾の「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名押印し、これを右取引説明書から切り離して被控訴人に交付し、更に、控訴人は、本件取引後の平成元年一二月一五日頃、被控訴人から本件ワラントについての証券の預り証の交付を受けたが、右預り証には権利行使最終日が平成五年二月一六日であることが明記されていたこと、ワラントの価格については、本件取引当時、日本経済新聞等に目安となる価格が掲載されており、一般投資家も取引価格を知り得る状況であったこと、及び被控訴人は、平成二年四月頃、ワラント取引についての取扱の変更に伴い、控訴人から、右確認書に加えて、「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名押印をしてもらい、その交付を受けたこと、以上の各事実が認められる(甲四、乙四、五、一二ないし一八、二一の一五、原審証人坪井、弁論の全趣旨)。

2  控訴人は、「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」の交付を受けていないし、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」に署名押印したことはない旨の右認定に反する供述をするが(原審及び当審における控訴人)、右供述は、「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙五)の署名押印が控訴人の署名押印に酷似していること(控訴人も自認している。)並びに原審証人坪井が控訴人に右取引説明書を交付した旨及び控訴人から署名押印のされた右確認書の交付を受けた旨それぞれ供述していることに照らし信用できない。

3 右1の事実によれば、仮に、被控訴人が本件取引について控訴人主張のような説明義務を負っていたとしても、被控訴人は、控訴人に対し、担当者である坪井をして、ワラントの危険性や仕組みについて必要な説明をしていたというべきであるから、被控訴人に説明義務違反があったとは認められない。

三  本件取引に際し坪井が断定的判断を提供したか(争点3)

坪井が、本件取引に際し、控訴人に対し、「今買ったら利益が得られる。私は会社にいて値動きを十分把握できる。全責任を持つ。」などと述べて断定的判断を提供して本件ワラントの購入を勧誘したとの事実は、控訴人及び坪井ともこれに沿う供述をしておらず(原審証人坪井、原審及び当審における控訴人)、本件全証拠によるもこれを認めることはできない。

四  その他、被控訴人に本件取引につき控訴人に対する債務不履行あるいは不法行為の事実があったものと認めるに足りる証拠はない。

よって、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であって本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水湛 裁判官 瀬戸正義 裁判官 小林正は転勤につき署名押印することができない。裁判長裁判官 清水湛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例